Saturday, 1 April 2017

a book of cryobiology

とある山系雑誌にとある本の書評を書きました。新しい号も出たので、ロングバージョンをひっそり公開。

雪と氷の世界を旅して by 植竹淳

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なぜかウミガメ本と一緒にまとめ買いされてます






残雪期の山を登ったことがある人なら、雪面や雪渓上で足下を歩く虫を見かけたことがあるだろう。では、あの虫たちは風に飛ばされてきて、死にゆく運命にあるのではなく、その生活、一生が雪の世界の中だけで成り立っていることを想像したことはあるだろうか?本書の著者は、そんな雪渓や氷河でくらす虫や微生物の生態を調べる、雪氷生物学の若手研究者である。

氷河と山の美しさに魅了され、「世界中の辺境にいけるかも」という、山屋としては極めてまっとうな、しかし、一般の人がイメージする研究者としてはいささか不純な動機により、著者は雪氷生物学の祖、幸島司郎の研究室の門を叩く。以来、ロシアを皮切りに、中国、アラスカ、グリーンランド、アフリカと、当初の目論見通りに世界中の氷河を訪れ、氷河上の微生物を測りまくる。

ここ十数年の著者らの研究によって、世界中の氷河で多様な生物相が存在していることが、明らかになってきた。時を同じくして、これら雪氷微生物が氷河やグリーンランド氷床の表面を黒く汚し、太陽光がより吸収されるようになることで、融解、縮小を促進していることが認識され、国際的に注目される一大テーマとなっている。

本書は大学の出版会から刊行されている「フィールドの生物学」シリーズの一冊だが、そのお堅い印象とは違い、フィールドへ出発するまでの準備や、氷河に至るまでの地元の街や人々の暮らしぶりにも多くの紙面が割かれており、研究業界になじみのない人にもわかりやすく、多くの人に手にとってもらいたい内容となっている。

この本は幾通りもの視点で読むことができる。

本の主題である雪氷生物学に関しては、著者の研究人生と期を一にするように、急速に発展したゲノム解析技術によって大きな発展を遂げている。雪氷微生物の系統樹が明らかにされ、地球上の寒冷地に共通の微生物が見つかる一方で、同じ氷河にも関わらず、標高の違いによってがらりと入れ替わる微生物群集など、調べれば調べるほどに謎は深まっていく。

当初のよこしまな希望が叶い、著者は世界各地の氷河へ毎年のように旅することになるが、そこで触れる現地の人々、生活様式、食生活は多様であり、その多様な異文化に対して臆することなく接していく著者の視線は、経験を積んでもなお新鮮である。しかし、経験を積むにつれて心に余裕が出たのであろうか、後半になるにつれ現地の描写はとても豊かな表現になっていく。

評者は著者の学生時代から付き合いがあることもあり、本書を著者の研究者としての成長記録として読んだ。とにかく顕微鏡の視野に入るツブツブを数えた卒業研究に始まり、初めてのフィールド調査では、右も左もわからないままに、雪の塹壕でしもやけに悩まされつつ氷をひたすら削る。そんな研究生活のスタートを切った著者も、次第に観測の準備を任されるようになり、最近では学生を引率して現地へ向かう。この成長ぶりは観測だけに留まらず、雪氷とは一見何のつながりもない、スカイツリーでの微生物採取プロジェクトを若手だけで立ち上げ、資金集めまでこなすようになる。

近年、雪氷生物学の重要性と魅力に欧米の研究者が気付き、この分野への新規参入が相次ぎ、さながら戦国時代の様相を呈している。雪氷生物学は、日本国内では絶滅危惧種並みに研究者人口が少ないが、著者らのグループには頑張って存在感を示してもらいたい。

この4月より新天地コロラドでの研究生活を始める著者に、幸あらんことを祈る。

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